サノフィの「デュピクセント後継品」開発中止で注目
リジェネロンはアレルギー疾患をどう攻略するのか
デュピクセントの適応拡大、IL-33、アレルゲン特異的抗体、そしてB細胞・形質細胞を標的とした新たな治療戦略まで、最新パイプラインから読み解きます。
サノフィが2026年7月24日、アトピー性皮膚炎を対象としたamlitelimab(アムリテリマブ)の臨床開発中止を発表しました。デュピクセントに続く次世代の免疫・炎症領域製品として期待されていただけに、製薬業界では「デュピクセント後の成長戦略はどうなるのか」という点に関心が集まっています。
一方、デュピクセントをサノフィと共同開発・共同販売してきたリジェネロンのパイプラインを見ると、サノフィとは異なる方向性が浮かび上がります。
リジェネロンは、アトピー性皮膚炎においてデュピクセントを直接置き換える単一の「後継品」に経営資源を集中しているわけではありません。むしろ、デュピクセントの適応をさらに広げながら、疾患や患者集団ごとに異なる免疫メカニズムを狙う複数の開発品を並行して進めている点が特徴です。
- amlitelimabはサノフィ独自のOX40L抗体であり、リジェネロンの開発品ではない
- リジェネロンの中心戦略は、現在もデュピクセントのライフサイクル最大化
- IL-33抗体itepekimabにより、デュピクセントとは異なる炎症経路もカバー
- 重症食物アレルギーでは、デュピルマブとBCMA×CD3抗体の組み合わせを探索
- 猫・シラカバアレルギーでは、原因アレルゲンを直接中和する抗体療法を開発
サノフィが中止したamlitelimabとは
amlitelimabは、免疫反応を調節するOX40リガンド(OX40L)を阻害する完全ヒトモノクローナル抗体です。T細胞を直接除去せず、免疫反応の上流に位置するOX40Lシグナルを抑えることで、アトピー性皮膚炎に関与する炎症反応を長期間制御することが期待されていました。
サノフィは第3相試験まで開発を進めていましたが、2026年7月24日、これまでに得られた有効性・安全性データの総合評価から、アトピー性皮膚炎で世界各国の承認申請を行わないと発表しました。
長期継続試験では臨床効果の維持などが確認された一方、サノフィは「現在の標準治療に対して意味のある改善を提供できない」と判断しています。
デュピクセントがサノフィとリジェネロンの共同製品であるため、amlitelimabも両社の共同開発品と誤解されることがあります。しかし、amlitelimabはサノフィが主導してきた開発品であり、リジェネロンの公式パイプラインには含まれていません。
したがって、今回の中止をそのまま「リジェネロンのデュピクセント後継戦略の失敗」と捉えるのは正確ではありません。サノフィとリジェネロンはデュピクセントでは強固なパートナー関係にありますが、その周辺で保有する研究開発資産は同一ではないためです。
リジェネロンの基本戦略は「デュピクセントを置き換えない」
リジェネロンの免疫・炎症領域を理解するうえで重要なのは、同社が現時点でデュピクセントを過去の製品として扱っていないことです。
デュピクセントはIL-4受容体αサブユニットを阻害し、IL-4とIL-13の両方のシグナルを抑制します。これにより、皮膚、気道、鼻副鼻腔など複数の臓器にまたがる2型炎症を一つの作用機序で治療できる点が大きな強みです。
アトピー性皮膚炎から始まったデュピクセントは、喘息、鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎、結節性痒疹、慢性閉塞性肺疾患、慢性蕁麻疹、水疱性類天疱瘡などへ対象疾患を拡大してきました。
リジェネロンの最新パイプラインでも、デュピルマブは第3相段階で次の適応開発が続いています。
| 開発品 | 段階 | 主な開発対象 | 標的・考え方 |
|---|---|---|---|
| Dupilumab | Phase 3 | 2~5歳の小児喘息、慢性特発性蕁麻疹、原因不明の慢性そう痒症、慢性単純性苔癬 | IL-4Rαを阻害し、IL-4・IL-13シグナルを抑制 |
| Itepekimab | Phase 3 | COPD、鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎 | 上皮由来サイトカインIL-33を阻害 |
| Itepekimab | Phase 2 | 鼻茸を伴わない慢性副鼻腔炎 | デュピクセントとは異なる炎症上流経路を標的 |
| REGN1908-1909 | Phase 3 | 猫アレルギー | 主要猫アレルゲンFel d 1を複数抗体で中和 |
| REGN5713-5715 | Phase 3 | シラカバ花粉アレルギー | 主要アレルゲンBet v 1を標的 |
| Dupilumab+Linvoseltamab | Phase 1 | 重症食物アレルギー | IL-4Rα阻害とBCMA×CD3による形質細胞標的化 |
※開発段階および適応はリジェネロンが2026年5月6日時点で公開しているパイプラインに基づきます。開発品の安全性・有効性は、記載された未承認適応について規制当局による評価が完了していません。
リジェネロンのアレルギー戦略を構成する4本柱
① デュピクセントの適応拡大
2型炎症を共通基盤とする疾患へ対象を広げ、製品価値を長期間にわたって最大化します。
② IL-33による上流制御
Itepekimabにより、IL-4・IL-13だけでは十分に説明できない気道炎症や副鼻腔炎を狙います。
③ アレルゲンの直接中和
猫やシラカバ花粉の主要アレルゲンそのものを抗体で中和し、原因に近い場所へ介入します。
④ 抗体産生細胞への介入
重症食物アレルギーでは、デュピルマブに加えて形質細胞を標的とする治療を探索しています。
デュピクセントを「1つの疾患の薬」から「2型炎症の基盤薬」へ
デュピクセントの最大の強みは、特定の臓器だけに作用する薬ではなく、複数のアレルギー・炎症性疾患に共通するIL-4・IL-13経路を抑制できることです。
リジェネロンは、新しい抗体でデュピクセントを短期間に置き換えるよりも、年齢層や疾患領域を拡張することで、デュピクセントを2型炎症治療のプラットフォームとして育てる戦略を取っていると考えられます。
現在の第3相開発には、2~5歳の小児喘息、慢性特発性蕁麻疹、原因不明の慢性そう痒症、慢性単純性苔癬が含まれています。
これは単純な適応追加ではありません。皮膚科、呼吸器科、耳鼻咽喉科、アレルギー科、小児科へと治療対象を広げ、診療科横断型のブランドを構築する動きです。
Itepekimabは「デュピクセント後継品」ではなく補完役
Itepekimabは、サノフィと共同開発されている抗IL-33モノクローナル抗体です。第3相ではCOPDと鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎、第2相では鼻茸を伴わない慢性副鼻腔炎で開発されています。
IL-33は、気道上皮などが損傷や刺激を受けた際に放出され、さまざまな免疫細胞を活性化する「アラーミン」と呼ばれる上流サイトカインの一つです。
デュピクセントがIL-4・IL-13という2型炎症の中心経路を抑えるのに対し、itepekimabはさらに上流に位置するIL-33を狙います。
そのため、両剤は単純な新旧関係ではありません。患者背景や炎症機序によって使い分けられる可能性があり、リジェネロンにとってitepekimabはデュピクセントで構築した呼吸器・鼻疾患領域を補完する候補薬と位置付けるのが自然です。
猫・花粉アレルギーでは「原因物質そのもの」を抗体で中和
リジェネロンのパイプラインで特に特徴的なのが、アレルゲン特異的な抗体カクテルです。
REGN1908-1909は、猫アレルギーの主要原因となるFel d 1を標的とした複数抗体療法です。一方、REGN5713-5715は、シラカバ花粉の主要アレルゲンBet v 1を標的としています。いずれも第3相段階にあります。
一般的な生物学的製剤が、患者側の免疫反応やサイトカインを抑えるのに対し、これらの抗体は体内に入ったアレルゲンを直接捕捉・中和することを目指しています。
このアプローチが実用化されれば、従来のアレルゲン免疫療法とは異なる、比較的迅速に効果を発揮する予防的・受動免疫的な治療になる可能性があります。
デュピクセントが幅広い2型炎症を抑える「横断型治療」であるのに対し、REGN1908-1909やREGN5713-5715は特定のアレルゲンに狙いを定めた「精密型治療」といえます。
重症食物アレルギーで進む「デュピルマブ+形質細胞標的化」
第1相パイプラインで最も注目されるのが、重症食物アレルギーを対象としたデュピルマブとlinvoseltamabの併用開発です。
LinvoseltamabはBCMAとCD3を同時に認識する二重特異性抗体です。BCMAは抗体を産生する形質細胞などに発現しており、CD3を介してT細胞を誘導することでBCMA陽性細胞を標的とします。
多発性骨髄腫領域で開発されてきた仕組みを、重症食物アレルギーへ応用しようとしている点は非常に大胆です。
食物アレルギーでは、アレルゲン特異的IgEの産生を長期間維持する細胞が治療抵抗性の一因となる可能性があります。そこで、デュピルマブによってIL-4・IL-13経路を抑えながら、linvoseltamabで抗体産生を担う細胞群へ介入するという考え方が想定されます。
この併用療法は、デュピクセントをより新しい抗体へ置き換える開発ではありません。デュピルマブを治療の土台として残したまま、異なる作用機序を追加する探索的アプローチです。また、がん領域由来の強力な免疫作用をアレルギー疾患へ応用するため、安全性や対象患者の選択が極めて重要になります。
Vonsetamigが示す、アレルギーを超えた「病原性抗体」の制御
リジェネロンは第1相で、BCMA×CD3二重特異性抗体vonsetamig(REGN5459)を、慢性腎臓病患者の移植前脱感作やループス腎炎で開発しています。
こちらはアレルギー疾患の開発品ではありません。しかし、形質細胞を標的として病原性抗体を減らすという考え方は、重症食物アレルギーで進められているlinvoseltamabとの共通性があります。
リジェネロンは、BCMA×CD3抗体を単なる多発性骨髄腫治療技術ではなく、自己抗体やアレルゲン特異的抗体が疾患を形成する領域へ展開できるプラットフォームとして捉えている可能性があります。
もちろん、移植脱感作、ループス腎炎、食物アレルギーでは病態も許容できるリスクも大きく異なります。現時点では初期開発段階であり、同じ治療モデルがそのまま成立すると考えることはできません。
それでも、リジェネロンがアレルギー領域をサイトカイン阻害だけで捉えず、抗体産生細胞そのものまで視野に入れている点は重要です。
サノフィとリジェネロンでは「デュピクセント後」の設計が異なる
サノフィはamlitelimabを、デュピクセントとは異なるOX40L経路からアトピー性皮膚炎を治療する次世代候補として育成していました。投与間隔や持続性を含め、既存の標準治療との差別化が期待されていたと考えられます。
しかし、デュピクセントやJAK阻害薬などによってアトピー性皮膚炎の治療水準が大きく上昇した現在、単に有効性を示すだけでは不十分です。
新薬には、より高い寛解率、速い効果発現、長い投与間隔、特定患者での明確な優位性、安全性上の利点など、既存治療を上回る価値が求められます。amlitelimabの中止は、薬剤が全く作用しなかったというより、現在の競争環境において承認・上市するだけの差別化を示すことが難しかったと理解するべきでしょう。
一方、リジェネロンのパイプラインから見えるのは、アトピー性皮膚炎で新しい後継抗体を一本作るよりも、次のような分散型の戦略です。
- デュピクセントの対象年齢と対象疾患を広げる
- IL-33阻害で異なる炎症経路をカバーする
- 猫・花粉など原因アレルゲンを直接中和する
- 重症例では抗体産生細胞への介入を探索する
- 疾患ごとに最適な作用機序を選択する
今後注目したい3つのポイント
1.Itepekimabはデュピクセントと明確に差別化できるか
IL-33は魅力的な上流標的ですが、気道疾患では複数の炎症経路が複雑に関与します。COPDや慢性副鼻腔炎において、どの患者群で効果が大きいのか、バイオマーカーで対象患者を選別できるのかが重要です。
デュピクセントがすでにCOPDや鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎へ進出しているため、同じ企業グループ内でも臨床上のポジショニングを明確にする必要があります。
2.アレルゲン特異的抗体は新しい治療カテゴリーを作れるか
猫アレルギーやシラカバ花粉アレルギーに対する抗体療法が成功すれば、症状を抑える治療とアレルゲン免疫療法の間に、新たな選択肢が生まれる可能性があります。
ただし、アレルゲンごとに個別の抗体を開発する必要があり、対象患者数、投与頻度、費用対効果、地域ごとのアレルゲン差などが事業化の課題になります。
3.重症食物アレルギーでBCMA×CD3抗体を使用できるか
重症食物アレルギーに対するデュピルマブとlinvoseltamabの開発は、リジェネロンのパイプラインの中でも特に先進的です。
一方、二重特異性抗体には免疫反応、感染症、血球減少などを含む慎重な安全性評価が必要です。生命を脅かす重症食物アレルギーであっても、がん治療とはリスクとベネフィットの許容範囲が異なります。
この開発が進むかどうかは、有効性だけでなく、低用量化、投与回数、前処置、安全管理、対象患者の厳格な選択に左右されるでしょう。
まとめ:リジェネロンは「後継品」ではなくアレルギー治療の生態系を作る
サノフィによるamlitelimabのアトピー性皮膚炎開発中止は、デュピクセント後継候補の一つが消えたという意味で大きなニュースです。
しかし、それをリジェネロンを含むデュピクセント事業全体の後退とみなすのは適切ではありません。
リジェネロンは、デュピクセントを引き続き免疫・炎症領域の中心に置きながら、IL-33阻害、アレルゲン直接中和、形質細胞標的化という複数の技術を組み合わせています。
つまり、同社が目指しているのは、デュピクセントに代わる「次の1剤」を探すことではなく、患者の病態に応じて異なる治療を選択できるアレルギー領域のポートフォリオを作ることです。
今後の焦点は、デュピクセントの追加適応がどこまで広がるか、itepekimabが独自の患者層を確立できるか、そしてアレルゲン特異的抗体やBCMA×CD3抗体が新たな治療カテゴリーへ成長できるかに移ります。
amlitelimabの中止によって「デュピクセント後」が見えなくなったのではありません。むしろ、サノフィとリジェネロンが異なる開発資産と戦略を持っていることが、より鮮明になったといえるでしょう。
- Regeneron Pharmaceuticals「Investigational Pipeline」2026年5月6日更新版
- Sanofi「Sanofi announces decision not to submit amlitelimab in atopic dermatitis for global regulatory reviews」2026年7月24日
- Regeneron Pharmaceuticals 2026年第1四半期決算・パイプライン資料
- サノフィ デュピクセント患者向け・医療関係者向け製品情報
本記事は公開情報をもとに開発戦略を考察したものであり、各開発品の承認や上市、臨床試験の成功を予測・保証するものではありません。開発段階、試験内容および対象適応は今後変更される可能性があります。

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